ネコの尿のにおいが薄くなったら要注意! 腎臓病の発見につながる新知見

掲載日2024.12.03
最新研究

農学部 応用生物化学科
教授 宮崎雅雄
分子生体機能学

国立大学法人岩手大学は、腎臓病が進行したネコでは、ネコ特有な尿臭の原料であるアミノ酸の一種「フェリニン」の尿中排泄量が減少し、尿のくさいにおいが低減することを明らかにしました。これにより、飼い主が日常的に気づける腎臓病の新たな兆候が発見されました。本研究は、岩手大学農学部の宮崎珠子准教授、宮崎雅雄教授、須賀絢香大学院生らによる成果です。
腎臓病は特に高齢のネコに多く見られる病気であり、早期診断が非常に重要です。しかし、腎臓病の病状は徐々に進行するため、明確な症状が現れるまで発見が遅れることが少なくありません。尿検査や血液検査は腎臓病の診断に有効な手段ですが、定期的に行うことは多くの飼い主にとって負担が大きいのが現状です。そのため、日常的に観察できる新たな指標の発見が求められていました。今回の研究では、健康なネコと腎臓病を患ったネコを対象に、尿中のフェリニンやその関連物質の量を比較しました。フェリニンはネコ特有のアミノ酸の一種で、これが分解されると独特の臭気を放つ揮発性物質が生成されます。研究の結果、腎臓病が進行するにつれてフェリニンの排泄量が顕著に減少することが判明しました。一方で、フェリニンの前駆体であるトリペプチドは逆に増加し、病気の進行に伴い尿のにおいに関わる代謝経路が変化していることが示されました。さらに、尿中のにおい成分を詳細に分析した結果、フェリニンから生成される揮発性の硫黄化合物も腎臓病が進行したネコでは減少していることが分かりました。これにより、腎臓病が進行したネコの尿のにおいが弱くなる理由が解明されました。
この研究は、飼い主が日常のトイレ掃除を通じて腎臓病の早期兆候を察知できる可能性を示しています。ネコ特有の尿臭が薄くなったり、においが感じにくくなったりした場合は、獣医師の診察を受けるきっかけになるかもしれません。これにより、腎臓病の発見につながり、病気の進行を遅らせるための適切なケアが可能となります。
本研究成果は、腎臓病の理解を深めるだけでなく、ネコの健康維持に大きく貢献するものと考えられます。本研究は、公益社団法人日本獣医学会が発行する科学雑誌「The Journal of Veterinary Medical Science」に中超直播6年12月3日(日本時間)に電子版で公開されました。

はじめに

腎臓病は高齢のネコにおいて非常に一般的な疾患であり、早期診断が治療や適切なケアの鍵を握っています。しかし、腎臓病は徐々に進行することが多く、飼い主が明確な症状に気づいた時点で既に腎機能が大きく損なわれているケースが少なくありません。この問題を克服するため、従来の尿や血液を用いた診断法に加え、日常生活で飼い主が早期に気づける兆候の発見が求められています。
フェリニンは、ネコの尿に含まれる特有のアミノ酸で、代謝によって硫黄を含む揮発性物質が生成されます。これは、ネコ特有な尿臭の原因物質とされています。我々の先行研究では、フェリニンの生合成機構やネコのマーキング行動における尿臭の成分解析が進められてきましたが、腎臓病のネコでフェリニンがどの程度排泄されるのかについては詳しく調べられていませんでした。本研究では、ネコが腎臓病を罹患することで、フェリニンの生成や排泄、尿臭にどのような影響が生じるか解明を試みました。

研究の手法と成果

本研究では、健康なネコ34匹および腎臓病を患う66匹を対象に、尿中のフェリニンおよびその前駆体である「3-メチルブタノールグルタチオン(MBG)」の濃度を測定しました。また、フェリニンから生成される3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノールなど揮発性硫黄化合物の尿中揮発量を分析し、腎臓病の進行とこれら物質の変化の関連性を検討しました。腎臓病の進行度は血中クレアチニン濃度に基づき、軽度(1.6-2.8mg/dL)、中等度(2.9-5mg/dL)、重度(>5mg/dL)の3段階に分類しました。
健康なネコでは尿中フェリニン濃度が高い値を示しましたが、腎臓病が進行するにつれてその濃度が著しく減少することが明らかになりました。特に重度の腎臓病ではフェリニンがほとんど検出されないケースが多く見られました。一方で、MBGの尿中濃度は腎臓病が進行しても減少しないことが分かり、腎臓病の進行に伴いフェリニンとMBGの比率が顕著に増加することが確認されました。この現象は、腎臓内でMBGからフェリニンへ変換を担う酵素反応が低下するためと考えられます。
さらに、揮発性硫黄化合物の分析では、腎臓病の進行に伴い「3-メチル-3-メチルチオ-1-ブタノール」や「3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール」などの物質が大幅に減少することが分かりました。これらの物質はネコ尿特有の臭気を形成する主要成分であり、これらの排泄量低下が尿臭の低下に直接関与していることが確認されました。

まとめと今後の期待

腎臓病が進行すると、腎臓の濃縮機能が低下し、薄い尿が排泄されるようになります。本研究は、尿の希釈による臭気低下の可能性に加え、ネコ特有の尿臭成分の生成量自体が低下することが主因であることを初めて示しました。この成果は、ネコの尿臭の変化を通じて腎臓病の兆候を早期に察知できる可能性を示しています。具体的には、飼い主がトイレ掃除の際に「尿臭が以前より弱くなった」「ほとんど感じられなくなった」といった変化に気づくことで、腎臓病のリスクを早期に察知できる可能性があります。このような変化を基に動物病院で早期診察を受けることで、腎臓病の進行を遅らせる治療が期待されます。本研究の成果は、ネコの健康管理に新たな視点を提供するものです。

図1.健康ネコと腎臓病ネコにおけるフェリニンとその前駆体の尿中排泄量の比較

尿中フェリニンとその前駆体(3-メチルブタノールグルタチオン)の濃度を、健康なネコ34頭および腎臓病を患う66頭のネコで測定した。腎臓病のネコは血清クレアチニン値に基づき、軽度42例、中等度13例、重度11例の3段階に分類して比較を行った。箱ひげ図では、枠が中央値と四分位範囲を表し、各個体データを個別にプロットした。右側の円グラフは、フェリニン(黒)、その前駆体(白)、および両化合物の中間体(灰色)の割合を示している。これらの結果から、腎臓病の進行に伴い尿中フェリニン濃度が減少する一方で、その前駆体の濃度は増加することが明らかになった。

図2. 健康ネコと腎臓病ネコの尿から放出される揮発性フェリニン代謝物量

腎臓病の進行に伴い、ネコ特有なにおい物質の放出量も減少することが確認された。

論文情報

著者 須賀絢香、上野山怜子、市沢翔太、片山泰章、宮崎雅雄、宮崎珠子
タイトル Reduction of urinary felinine in domestic cats with renal diseases leads to decreased catty odor.
雑誌 The Journal of Veterinary Medical Science
DOI: 10.1292/jvms.24-0370

研究内容に関するお問い合わせ

岩手大学農学部 応用生物化学科 分子生体機能学研究室
教授 宮崎雅雄
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E-mail:mmasao<アット>iwate-u.ac.jp