農学部 応用生物化学科
教授 宮崎雅雄
分子生体機能学
東京大学大学院総合文化研究科の原田一貴助教(当時(現所属:国立環境研究所環境リスク?健康領域研究員))と坪井貴司教授、東京医科大学の和田英治講師と林由起子主任教授、岩手大学の宮崎雅雄教授、理化学研究所の平井優美チームリーダー、国立環境研究所の前川文彦上級主幹研究員、国立成育医療研究センター実験薬理研究室の中村和昭室長らは、血圧や体内の水分量の調節、情動行動や社会的行動などに関わる脳下垂体から分泌されるバソプレシンを受容するバソプレシン受容体遺伝子を欠損したマウスに見られる代謝疾患の発症機構の一端を明らかにしました。
本研究では、血液成分分析、組織解析、遺伝子発現解析、ふん便中の脂質分析を行うことで、バソプレシン受容体遺伝子欠損マウスの骨格筋や脂肪組織に脂質が異常に蓄積し、消化管ホルモンであるグルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide-1: GLP-1)の分泌能が低下することを明らかにしました。このGLP-1の分泌能の低下は、腸内に生息する細菌類(腸内マイクロバイオータ)が作り出す代謝物である酪酸の腸内濃度が異常に増加したことによるものでした。これらの成果は、腸内マイクロバイオータとその代謝物に着目した代謝疾患の新たな治療戦略に貢献すると期待されます。
代謝疾患は、ホルモンを産生する内分泌臓器の障害によりホルモンの分泌に異常が起こっている状態、あるいはそのホルモンが作用する臓器の受容体や情報伝達のしくみの障害によって、ホルモンの作用に異常が起こっている状態です。代謝疾患には、糖の代謝異常によって起こる糖尿病や脂質の代謝異常によって起こる高脂血症や肥満症などがあります。
バソプレシンは脳下垂体から分泌される抗利尿ホルモンとも呼ばれるホルモンで、血圧や体内水分量の調節、情動行動や社会的行動などに関わります。バソプレシンを受容する受容体には、V1aR、V1bR、V2Rの3種類があります。V1aR遺伝子欠損マウス(V1aR?/?マウス)、V1bR遺伝子欠損マウス(V1bR?/?マウス)、V1aR?V1bR遺伝子二重欠損マウス(V1aR?/??V1bR?/?マウス)では、それぞれ異なる糖代謝や脂質代謝異常を示しますが、これら代謝疾患の発症機構は不明でした。
研究グループはまず、糖や脂質代謝に重要な骨格筋と脂肪組織の解析を行いました。その結果、V1aR?/??V1bR?/?マウスの骨格筋や脂質を燃焼して代謝を活性化する褐色脂肪組織(注1)において、脂質の過剰な蓄積が見られました(図1A、B)。骨格筋や脂肪組織の代謝機能を調節する各種ホルモンの血中濃度を測定したところ、V1aR?/?マウス、V1bR?/?マウス、V1aR?/??V1bR?/?マウスにおいて、小腸に存在する腸内分泌L細胞(注2)から分泌される消化管ホルモンであるグルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide-1: GLP-1)の血中濃度が低下していました(図1C)。なお、このGLP-1には、代謝調節だけでなく、血糖値を下げ、食欲を抑制する作用もあります。
図1:バソプレシン受容体遺伝子欠損マウスの骨格筋および褐色脂肪組織の形態と血中GLP-1濃度
(A) 野生型およびV1aR?/??V1bR?/?マウスの骨格筋の染色像。脂質をOil Red Oにより赤く染色したところ、V1aR?/??V1bR?/?マウスでは、骨格筋に脂質が蓄積していた。(B) 野生型およびV1aR?/??V1bR?/?マウスの褐色脂肪組織の染色像。核と細胞質をHE染色により赤紫色に染色したところ、V1aR?/??V1bR?/?マウスではHE染色で染色されない脂肪滴が増加していた。(C) 各マウスにおける血中GLP-1濃度。野生型マウスではミルク投与時に血中GLP-1濃度が上昇したが(赤枠)、V1aR?/?マウス、V1bR?/?マウス、V1aR?/??V1bR?/?マウスでは、上昇しなかった。
腸内分泌L細胞からのGLP-1分泌は、食事に含まれる栄養素や腸内マイクロバイオータが作り出す代謝物(腸内代謝物)によって調節されます。そこで、V1aR?/??V1bR?/?マウスの腸内マイクロバイオータと腸内代謝物の組成を調べたところ、短鎖脂肪酸(注3)の一つである酪酸を産生する細菌(Clostridium IV)が増加し、腸内の酪酸の濃度が増加していました(図2A、B)。次に、V1aR?/??V1bR?/?マウスでみられた血中GLP-1濃度の低下と酪酸との関係を調べるため、腸内分泌L細胞由来の培養細胞に酪酸を長期間添加して培養したところ、GLP-1の分泌能が低下しました。
以上の結果から、バソプレシン受容体遺伝子欠損マウスでは、腸内マイクロバイオータと腸内代謝物の組成が変化してGLP-1の分泌能が低下し、さらに骨格筋や褐色脂肪組織でGLP-1の作用が失われることで、脂質代謝に異常が起こると考えられました。また、バソプレシン自身もGLP-1の分泌促進作用を持つことが本研究から明らかになり、脳下垂体から分泌されるバソプレシンが腸内マイクロバイオータと腸内分泌L細胞の機能を調節し、体内の代謝バランスを保っていると考えられます。
近年、腸内マイクロバイオータや腸内代謝物の組成の乱れは、代謝疾患のみならずさまざまな疾患の発症に関連することが示唆されています。本研究の成果は、腸内マイクロバイオータと腸内代謝物に着目したさまざまな疾患の治療戦略に貢献することが期待されます。
図2:バソプレシン受容体遺伝子欠損マウスにおける腸内代謝物と腸内マイクロバイオータの変化
(A) 野生型およびV1aR?/??V1bR?/?マウスのふん便中(腸内)の短鎖脂肪酸の構成比。V1aR?/??V1bR?/?マウスで酪酸(緑色)の比率(濃度)が増加した。(B) 野生型およびV1aR?/??V1bR?/?マウスの腸内マイクロバイオータ中の酪酸産生菌(Clostridium IV)の比率。V1aR?/??V1bR?/?マウスで酪酸産生菌が増加した。
東京大学
大学院総合文化研究科
坪井 貴司 教授
原田 一貴 助教(当時(現所属:国立環境研究所環境リスク?健康領域研究員))
大須賀 佑里 博士課程
東京医科大学
病態生理学分野
林 由起子 主任教授
和田 英治 講師
埼玉大学
大学院理工学研究科
清水 稀惠 博士課程(当時(現所属:麻布大学獣医学部 特任助手))
岩手大学
農学部応用生物化学科
宮崎 雅雄 教授
大学院連合農学研究科
上野山 怜子 博士課程
理化学研究所
環境資源科学研究センター
平井 優美 チームリーダー
国立環境研究所
環境リスク?健康領域
前川 文彦 上級主幹研究員
国立成育医療研究センター
薬剤治療研究部 実験薬理研究室
中村 和昭 室長
雑誌名:Molecular Metabolism
題 名:Intestinal butyric acid-mediated disruption of gut hormone secretion and lipid metabolism in vasopressin receptor-deficient mice
著者名:Kazuki Harada, Eiji Wada, Yuri Osuga, Kie Shimizu, Reiko Uenoyama, Masami Yokota Hirai, Fumihiko Maekawa, Masao Miyazaki, Yukiko K. Hayashi, Kazuaki Nakamura, Takashi Tsuboi*
DOI:
10.1016/j.molmet.2024.102072
本研究は、科研費「基盤研究B(課題番号:23H03303)」、「若手研究(課題番号:20K16118)」、「特別研究員奨励費(課題番号:16J06838および23KJ0612)」、上原記念生命科学財団研究助成金、理化学研究所 科学技術ハブプロジェクト、ロッテ財団奨励研究助成、入澤宏?彩記念若手研究奨励賞の支援により実施されました。
岩手大学農学部 応用生物化学科
教授 宮崎雅雄
mmasao<アット>iwate-u.ac.jp
019-621-6154