理工学部 化学コース
教授 是永敏伸
有機合成、分子触媒、医薬品化学
岩手大学理工学部化学コースの是永敏伸教授と東北大学大学院薬学研究科の重野真徳准教授の研究グループ(SPERC理論計算/情報科学に基づく分子開発研究グループ)は、芳香族化合物のフッ素原子を様々な置換基に変換する芳香族求核置換反応において、効率的な触媒反応の開発に成功しました。本反応は従来捉えられてきた段階的な反応機構とは異なり、一段階の協奏的な反応形式で進行することを計算化学により見いだしました。本成果によって、医薬品候補化合物や機能性材料の新規合成戦略を提供するとともに、それらのライブラリー構築にもつながると期待されます。本研究内容は、全化学系雑誌の中でもトップクラスのインパクトファクターと、極めて高い権威を有する雑誌であるアメリカ化学会(ACS)の Journal of the American Chemical Society 誌に掲載されました。
芳香族求核置換(S?Ar)反応は最も歴史ある有機化学反応の1つで、1870年代から研究が行われてきました。この反応機構は"求核剤の付加"と"脱離基の脱離"という2つの段階的な過程で構成されることが長らく有機化学の常識とされてきました。一方で近年、付加と脱離が一段階で進行する協奏的な芳香族求核置換(CS?Ar)反応が理論化学および実験化学で示されましたが、これまで散発的に見つかっている程度であり、多様な出発物質に対して有効な反応系は見出されていませんでした。また、それらの報告では、強力な塩基や反応性の高い試薬が化学量論量以上使用されており、フルオロアレーン類や求核剤の適応範囲も限られていました。
今回研究チームは、有機超塩基フォスファゼンt-Bu-P4がCS?Ar反応の優れた触媒として働くことを見出しました。例えば、今回の反応系では、フェニル基、シアノ基、カルボニル基、アルキル基、アミノ基等の置換基を有するフルオロアレーンが用いられることを示し、電子不足な反応基質から電子豊富な基質まで幅広く利用できることを示しました。これは、電子不足な反応基質に限られていた従来の芳香族求核置換(S?Ar)反応とは大きく異なる反応適用範囲でした。また、求核剤としては、炭素求核剤に加えて、アルコール、アミン、チオール、ホスフィン等のヘテロ元素求核剤が適応できることも明らかにしました。さらに、生物活性物質の誘導体合成にも展開できることを示し、本反応の一般性が高いことが明らかになりました(図2)。
次に、実験的な速度論解析を基にした詳細な量子化学計算を実施しました。当初本反応は、教科書にも記載している常識的な、段階的な付加-脱離反応過程である芳香族求核置換(S?Ar)で進行すると考えており、その場合に生成する中間体であるMeisenheimer構造を探索しましたが、計算化学的に安定構造を見出だす事はできませんでした。そのかわり、付加と脱離が一段階で進行する協奏的な遷移状態を発見する事ができ、詳細な実証計算から、求核剤の付加とフッ素原子の脱離が一挙に起こる芳香族求核置換(CS?Ar)反応であることを示すことができました(図3)。
題目:Catalytic concerted SNAr reactions of fluoroarenes by an organic superbase
著者:Masanori Shigeno*, Kazutoshi Hayashi, Ozora Sasamoto, Riku Hirasawa, Toshinobu Korenaga*, Shintaro Ishida, Kanako Nozawa-Kumada, and Yoshinori Kondo
誌名:Journal of the American Chemical Society (IF = 14.4)
公表日:2024.11.8
理工学部化学?生命理工学科
教授 是永敏伸
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