
教育学部
奥平 柾道
スポーツ科学、発育発達
岩手大学教育学部の奥平柾道講師、中京大学スポーツ科学部の渡邊航平教授らの研究グループは、6歳から12歳の小児と若年成人を対象に、力を調節する際の「運動単位(筋肉を制御する神経と筋線維のセット)」の活動パターンを比較し、小児は成人よりも高い頻度で神経指令(発火)を送っていることを明らかにしました。
本研究では、高密度表面筋電図を用いて、個々の運動単位の電気信号を非侵襲的に解析しました。その結果、小児は成人に比べて、特に弱い力を発揮する段階から運動単位の発火頻度が顕著に高いことが判明しました。これは、成長過程にある小児の筋が、成人と比べて収縮特性が未成熟である(単収縮の融合が起きにくい)ため、神経系が高い頻度で指令を送ることで効率的な筋力発揮を補っている「機能的適応」である可能性が示唆されます。
本成果により、発育期の神経筋機能について、健常児の基礎データとしての活用や、脳性麻痺などの神経筋疾患を持つ小児の評価指標としての応用が見込まれ、個々の子どもの神経発達特性を考慮した効果的な運動プログラムやリハビリテーション手法の開発に向けて重要な知見になります。
子どもと大人の筋力の違いは、単に筋の大きさだけでなく、神経系の成熟度も大きく関わっています。これまで、最大筋力を発揮する際の神経活動については研究が進んでいましたが、日常生活やスポーツ動作で重要な力の調節(最大下強度での力発揮)を、子どもがどのような神経戦略で行っているのかは詳しく明らかになっていませんでした。特に、脊髄の運動ニューロンが筋肉へ送る指令の頻度(発火頻度)が、発育発達に伴いどう変化するのかは未解明でした。
6?12歳の健常な小児18名と若年成人18名を対象に、膝を伸ばす動作(膝伸展)において、徐々に力を強めていくランプ収縮課題(最大筋力の50%まで)を行ってもらいました。この際、外側広筋(太ももの前側の筋肉)に64個の電極を持つシート(高密度表面筋電図)を貼付し、筋肉の電気活動を記録しました。記録された信号を数学的処理により分解し、個々の運動単位の発火パターンを追跡?解析しました。
解析の結果、小児は成人よりも、ほぼ全ての力発揮レベルにおいて運動単位の発火頻度が高いことが明らかになりました。また、力が強まるにつれて発火頻度をどう上昇させるかという制御戦略においても、小児は初期に急激に頻度を高め、その後頭打ちになる(飽和する)という、成人とは異なる特徴を示しました。これは、成人に比べて筋肉の収縮反応が未熟な小児において、スムーズな力発揮を行うために神経系が適応した結果であると考えられます。
本研究で得られた健常児の運動単位発火特性は、神経筋疾患を持つ小児の機能評価を行う際の重要な参照データとなります。また、小児が高い発火頻度に依存して力を発揮しているという事実は、成人に比べて神経的な疲労が生じやすい可能性も示唆しています。今後は、これらの特性を踏まえ、発育期の子どもにとって過度な負担がなく、かつ神経系の発達を促すような最適な運動指導やトレーニング処方の開発へと展開していく予定です。
題目:Difference in the Motor Unit Firing Behavior During Submaximal Isometric Ramp Contraction Between Healthy Children Aged 6-12 Years and Young Adults
著者:Masamichi Okudaira, Ryosuke Takeda, Tetsuya Hirono, Taichi Nishikawa, Shun Kunugi, Kohei Watanabe
誌名:Muscle & Nerve
公表日:2025年11月10日(Accepted date)/ 2025年11月17日オンライン版掲載
【用語解説】
?運動単位(Motor Unit): 1つの運動ニューロン(神経細胞)と、それに支配される複数の筋線維からなる、筋が力を出すための最小機能単位。脳からの指令はこの運動単位を介して筋に伝わります。
?発火頻度(Firing Rate): 運動ニューロンが筋線維に対して電気信号(インパルス)を送る頻度のこと。この頻度が高いほど、筋はより強く、あるいは滑らかに収縮して力を生み出します。
?高密度表面筋電図(High-Density Surface EMG): 多数の電極を格子状に配置したシート状のセンサーを皮膚に貼付し、筋肉の活動を計測する手法。従来の筋電図よりも詳細に、個々の運動単位の活動を識別?解析することが可能です。
本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。
?公益財団法人 石本記念 デサントスポーツ科学振興財団「発育期の子どもにおける運動制御の正確性と運動単位活動との関連」研究代表者:奥平柾道